「租税と法」講義概要
 

 警察と関わりのない人生を送ることも幸運な人なら可能だが、租
税と無関係に社会生活を営むことは幸運な人であっても難しい。租
税は、私たちの生活のあらゆる場面にかかわりをもつ。
 そこでこの講義では、租税と法との多面的な関係について論じる
こととした。憲法・民法・刑法など実定法の基本科目との関係に力
点をおき、高校までの社会科と大学での勉学との橋渡しを心掛けた
い。聴講者は小型の六法を購入し毎回持参すること。その他の教材
は適宜配付する。
 
 

4月19日 導入
   26日 契約
5月10日 不法行為
   17日 労働
   24日 ゲストの講演
   31日 家族1
6月  7日 家族2
   14日 家族3
   21日 会社
   28日 裁判
7月  5日 まとめ
   10日 休講・・・希望者と東京証券取引所見学
   12日 試験
 

副読本として池田真朗ほか・法の世界へ(2000有斐閣)を使います。
 
 
 

●試験の講評 (2000年7月12日実施)

よくできていました。以下では、みなさんに何を答えて欲しかったかを確認しつつ、誤り
の散見されたところを中心に、簡単にコメントします。
 

第1問は、予告した通りの穴埋め問題です。

結構多かった誤りは、(お 立法府)のところを、「内閣」や「大蔵省」としているものです。
租税法の定立は、立法府が行う建前になっています。憲法84条を参照してください。「立
法府」の代わりに、「国会」あるいは「議会」も、正解としました。

なお、誤字・脱字の類は、この問題に限らず、1点ずつ減点しました。目についたのは、
「破綻」の「綻」の字の誤記です。

以下、問題文の中に埋め込んだ形で、正解を記しておきます。
○法律の規定には、当事者の意思で曲げることができない強行規定と、当事者の意思でそ
れと異なる定めをすることができる(あ 任意)規定とがある。
○製造物責任法は、不法行為でいう過失の要件を、製造物の(い 欠陥)という概念に置
き換えて、引き渡した製造物の(い 欠陥)によって他人の生命、身体または財産を侵害
したときは、これによって生じた損害を賠償する責任を負うものとした。この場合、民法
が一般法であるのに対し、製造物責任法は(う 特別)法の関係にあるから、製造物責任
法の規定が民法の規定に優先して適用される。
○租税は、今日では、国家の財政需要を充足するという本来の機能に加え、所得の(え
再分配)、資源の適正配分、景気の調整等の諸機能をも有しており、国民の租税負担を定
めるについて、財政・経済・社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断を必要とする
ばかりでなく、課税要件等を定めるについて、極めて専門技術的な判断を必要とすること
も明らかである。したがって、租税法の定立については、国家財政、社会経済、国民所得、
国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする(お 立法府)の政策的、技術的
な判断にゆだねるほかはなく、裁判所は、基本的にはその裁量的判断を尊重せざるを得な
いものというべきである。
○民法770条1項は「夫婦の一方は、左の場合に限り、離婚の訴を提起することができ
る」と定め、1号から4号につづけて、5号「その他婚姻を維持し難い重大な事由がある
とき」と規定している。1号から4号までを5号の例示と読めば、この規定は、離婚につ
き、有責主義ではなく(か 破綻)主義を採用しているということができよう。
○株式会社にどれだけ損失が生じようとも、株主は、自らが株式を取得するときに支払っ
た金額以上の出費を強いられることはない。これを、株主の(き 有限責任)という。
○日常生活で生じた紛争を当事者間で解決するには、刑事裁判ではなく、(く 民事)裁
判による。なお、裁判以外の紛争解決方法のことを、ADRという。
 

第2問も、みなさんがまさに予想した通りの問題だったことと思います。予測可能性を確
保し、試験勉強を期待したわけです。全体的にみて、自分の頭でよく考えた、好感のもて
る答案が多くみられました。

さて、この問題では、公園の入口に「車馬入るべからず」という立札が立っているので、
「車馬」の解釈が論点です。問題文は、「解釈の方法との関係を示しつつ簡潔に論ずる」
ことを要求しています。つまりこの問題では、解釈の基本的なやり方を身につけているか
どうかを、問いたかったのです。

この点、ほとんどの人が、文理解釈だとどうなるかを考えたのちに、一歩進んで、目的論
的解釈だとどうなるかを論じ、乳母車、車椅子、牛、犬について具体的な「あてはめ」を行
っていました。

そこで、採点基準は、次のようにしました。
○文理解釈と目的論的解釈の意味を、正確に理解していること。10点。
○4つの具体例について、きちんとした理由を付して、丁寧に「あてはめ」を行っている
こと。10点。
○全体的にみて、論理的な整合性を保っていること。10点。

なお、若干の答案は、立法者の意思を参考にすることが、これすなわち目的論的解釈で
ある、と誤解していたようです。そうではありません。目的論的解釈は、立法の当時に立
法者がどう考えていたかには、必ずしも一致する必然性はありません。現在の視点から、
その規定がいかなる趣旨・目的を有しているかを考えることも、あります。いやむしろ、
現在の視点から規定の目的を考えるという文脈で目的論的解釈という言葉を用いること
のほうが、通常です。

→勉強熱心な方は、さらに、高見勝利「憲法解釈の方法」法学教室239号(2000年
8月)87頁を読んでみて下さい。そこで素材とされている問題は、選挙のときに自書す
る「氏名」の解釈です。すなわち、「氏名」とは、「氏」と「名」を併記したものでなけ
ればならないのか、それとも、「氏」か「名」のうちいずれか一方だけ書いてあれば有効
なのか。この問題をめぐっては、戦前の大学者たちが論争を繰り広げました。その対立
が、文理解釈と目的論的解釈の間にあったことが、よく分かります。
 

第3問は、講義内容をふまえ、どこまで応用する力があるかを試すための問題です。1年
生のみなさんには、やや高度だったかもしれません。にもかかわらず、よく考えられた答
案が多かったことは、うれしいことでした。

以下、3段に分けて、私の重視するポイントを記しましょう。

(1) 問題文には、まず、「波平とフネは40年前に結婚し、二人で共同して魚屋を営んでき
た。しかし、子どもたちが自立した今になって、魚屋をやめ、離婚しようとしている。」
とあります。

このあいまいさにくじけず、事実関係を想定しないと、以後この問題を論じ
るための前提がたちません。つまり、夫婦財産契約を結んでいたか(民法756条)、財
産の所有と名義はどうなっていたか、財産形成における二人の貢献度合をどう考えるべき
か、協議離婚だとしてどちらかに明らかな落ち度があるのか、といった事実関係につき、
ありうべき想定を行うことが、まず必要です。

多くの答案は、この点について、夫婦財産契約は結んでいない、財産は二人の共有である
場合とどちらか個人の単独所有の場合とがありうる、貢献度合は二人が等しい、二人のいず
れかに明かな落ち度があるわけではないため慰謝料は考えなくてよい、といった前提を設
けていました。いずれも、十分にありそうな想定です。

(2) さて、二人の手元にある財産は、問題文からは、次の通りです。
 魚屋の事業用土地家屋(30年前に1000万円で購入、時価1億円)
 二人の居住用マンション(20年前に2000万円で購入、時価3000万円)
 現金2000万円

それでは、この財産を分ける合理的な方法はあるか。もちろん、「合理的な方法」は、複
数ありえます。唯一の正解など、ありません。

多数の答案に示された方法は、大きくいって、2通りに分かれました。いずれも、波平と
フネの間で均等に財産を分けるべきだ、という考え方に基づいています。あらすじを紹介
しましょう。

 (あ)ひとつは、魚屋をやめるのだから、このさい、魚屋の事業用土地家屋を売却してし
まう方法です。このとき、値上がり益の9000万円(=1億円−1000万円)につき、
所得税がかかります。したがって、所得税を納付したあとの現金を、分けていくことに
なります。いま仮に、議論を簡単にするために、所得税が1000万円かかったとしましょ
う。このとき、売却後に二人の手元に残される財産は、
居住用マンション(時価3000万円)と、
現金1億1000万円(=1億円+2000万円−1000万円)
です。そこで、たとえば、フネが居住用マンションを引き取り、かつ、現金4000万円を受け
取る。波平は、現金7000万円を引き取る。ほかに税金がかからない場合には、このよう
な分け方が可能なようにみえます。

 (い)いまひとつは、借金によって調整する方法です。たとえば、波平が、事業用土地家
屋(時価1億円)を引き取ります。フネが、居住用マンション(時価3000万円
)と現金2000万円を引き取ります。これでは、時価ベースでみて、波平のほうが多く
取ってしまいます。そこで、波平が事業用土地家屋を担保にして、銀行から2500万円
借り、現金2500万円をフネに渡す。こうすると、ほかに税金がかからない場合には、
時価ベースでみて、7500万円に相当する分ずつ、二人で分けることができそうにみ
えます。

→(あ)や(い)は、ありうべき方法のひとつにすぎません。本当にこれで折り合いがつ
くかどうかは、もちろん別の話です。しかし、「合理的な方法」というには、十分に値す
るでしょう。なお、ここで「ほかに税金がかからない場合には」と断っているのは、以下
の(え)で述べるような事情があるからです。

→ちなみに、「財産分与」という言葉を、やや無神経に用いている答案が散見されました。
民法768条によると、協議上の離婚をした者の一方が、相手方に対して、財産の分与を
請求することができます。これを、「財産分与」といいます。

(3) 問題は、上の場合、課税関係がどうなるかです。

といっても、ここでは、みなさんに資産移転に関する税務を詳細に論じることを期待して
いるのではありません。私の出題意図は、そういう点には全くありません。みなさんに分
かってほしいことは、むしろ、誰が財産を持っていたかという前提によって、課税関係が
異なってくることです。これは、知識の問題ではなく、ロジックの問題です。

物事を論理的に考えるための大切な訓練になりますので、数ある論点の中で、ここでは
2つだけ、具体例をあげておきましょう。

 (う)事業用土地家屋を波平とフネの二人が共有していたと想定すると、どうなるでしょ
うか。その場合、(あ)の方法によって事業用土地家屋を売却するなら、所得税は半分ず
つ波平とフネにかかる、とみるのが論理的です。つまり、共有していた財産を譲渡したの
ですから、9000万円の譲渡所得は、半額ずつ波平とフネに帰属し、したがって、所得
税も両人にかかる、とみるのです。なお、これに対し、事業用土地家屋が波平一人の所有
物であれば、売却益にかかる所得税は、波平が単独で税務署に納付すべきものとなりま
す。

→そうすると、大切な論点は、共有なのか、それとも単独所有なのかを区別する基準はどこ
にあるか、ということにあることが分かります。これは、とくに夫婦の間では、難しい事実認
定の問題です。実務上、有力な手掛かりは、誰の名義であったかということに求められて
います。民法762条でも、「夫婦の一方が・・・婚姻中自己の名で得た財産は、その特
有財産とする」と定めています。しかし、名義はあくまで名義にすぎないのではないか。
むしろ、名義はともあれ、夫婦二人で作り上げてきたという「実質」を重視すべきではな
いか。こういう疑問の余地のあるところが、問題のいとぐちです。

 (え)この財産がすべて波平のものであったと想定すると、どうなるでしょうか。いま、
波平が、民法768条に基づくフネの請求に応じ、マンションを財産分与した、という例
で考えてみましょう。

   (i)現行の裁判例および課税実務では、離婚の際の財産分与は時価
による譲渡として譲渡所得の発生原因になります(最高裁昭和50年5月27日民集29
巻5号641頁)。最高裁によれば、「財産分与として不動産等の資産を譲渡した場合、
分与者は、これによって、分与義務の消滅という経済的利益を享受したものというべき
である」。つまり、波平は、フネに対し、マンションを譲渡し、分与義務の消滅すなわち
3000万円分の経済的利益を享受した、ゆえに譲渡所得の収入金額は3000万円である、
ということになります。20年前に2000万円で購入したものを、3000万円相当額で譲渡した
ことになりますから、差額の1000万円が譲渡所得に含まれます。なお、この構成をとる場合、
波平は、フネに対し、分与義務を履行したのですから、贈与は行っていません。したがって、
贈与税は問題になりません。以上が裁判例および実務の取扱いです。

   (ii)これに対しては、学説上、有力な反対論があります。反対論のひとつは、
「夫婦共通財産の清算の意味で財産が分与された場合は、その実質は共有財産の
分割であって、資産の譲渡には当らないと解される」と論じています(金子宏『課税単位
及び譲渡所得の研究』102頁(1996、初出1975))。この反対論は、波平の名
義になっている財産に対して、フネは「潜在的な持分」をもっているとみて、この「潜在
的な持分」に応じて共有財産を分割したにすぎないと構成するのです。こう考えると、も
ともと共有だったものを持分に応じて分けているだけで、譲渡したわけではありません。
ゆえに、波平に所得税はかかりません。なお、この立場でも、波平からフネに対して、
贈与はなかったのですから、贈与税は問題になりません。

   (iii)このように、同じ現象に対して、異なるロジックにもとづく2つの構成がありえます。
そのどちらを採用するかによって、課税関係が異なってきます。ここでも、波平とフネの手元
にある財産が、いったい誰のものなのか、それをどう判断するか、ということが根本の問題
です。

→ここまで読んだ人の中には、「そんな論点があったとは気づかなかった。はたして私は
単位をもらえるのだろうか?」と心配になった人がいるかもしれません。この点について
は、第3問が、「論点を整理して指摘せよ」と要求していたことを思い出して下さい。成
績評価にあたっては、上の3つのポイントに触れており、相互に整合性のある整理を施し
てあれば、高い評価を与えました。さらに、離婚手続のあり方や、財産価値についての当
事者の認識齟齬の可能性、財産を分けるにあたり税引後の条件で考えるべき必要性、婚姻
期間が20年以上である配偶者から居住用不動産を贈与された場合の控除、などにつき、
正しく触れてあるものについては、加点しました。
 
 

最後になりますが、夏休みの間に、佐藤英明「私的取引における『租税』の意義」法学教
室239号(2000年8月)113頁を読むことを、強くおすすめします。第3問の論
点にも、言及しています。家族法に興味のある人は、大村敦志『家族法』(1999)を
読むと良いでしょう。